「幸せについて」
その3 幸せな人生って?

 幸せはたくさんあります。そして、いろんな幸せがあります。
 大きな幸せもあれば、中ぐらいの幸せもあれば、小さな幸せもあります。

 ところで、「幸せな人生」とはどんな人生でしょうか?
 幸せは人それぞれですから、自分なりの「幸せな人生」のイメージがあっていいわけです。自分が考える「幸せな人生」を目指して努力するのも幸せになる方法の一つです。

 私が考える「幸せな人生」を紹介します。

  「日々小さな幸せをいくつも感じ、時々中ぐらいの幸せを感じ、
        たまに大きな幸せを感じられる可能性のある人生」

 こんな人生を送れたら、幸せだと思いませんか?
 ここで、「日々」は「毎日」、「時々」は「週に数回から年に数回」、「たまに」は「何年かに一回」ぐらいに考えています。

 ではどうしたら、このような人生を送ることができるのでしょうか?
 自分がすでにもっている幸せや、生活の中で出会ういいこと(小さな幸せ)や、日々のささやかな愉しみ・喜びなどを大切にすれば、日々小さな幸せをいくつも感じられるでしょう。
 自分がけっこう幸せを感じられること(たとえば、旅行や行楽、楽しいイベント、好きなことをする、好きな人と会う、美味しいものを食べに行くなど)を計画したり、自分から参加したりすれば、時々中ぐらいの幸せを感じられるでしょう。
 夢や目標をもって努力していれば、いつか大きな幸せを感じられる可能性があります。
 他にも、いろんな幸せを自分の人生の中にデザインすることが可能なのだと思います。

 幸せな人生かどうかの最終的な判断は死の直前にしかできないのかもしれません。その判断のしかたには客観的なものと主観的なものがありそうです。
 人の人生を見て「幸せそうな人生」などと考えるのは客観的な判断です。そしてあくまでも「幸せそうな」です。本人が「幸せじゃない」と言うのなら、その人にとってはそうなのでしょう。

 自分の人生を振り返って幸せな人生だったかどうかを考える際、こういうことをして、こうなって、こういうものを得たからなどの事実を理由として、「幸せな人生だった(と言えるだろう)」と考えるのは客観的な判断だと思います。
 自分の人生を振り返って、自分が実際にこういうことにすごく幸せを感じた、幸せを感じたことがいっぱいあった、日々幸せを感じて生活できたなどの実感を理由として、「幸せな人生だった」と思えるのは主観的な判断だと思います。
 実際に「幸せだった」と言い切れるのはどちらなのでしょうか?

 「幸せな人生」のイメージがあると、それを目標にすることができます。ただし、幸せそうな人生をイメージできても、それが自分にとって現実的でなければ目標にすることはできません。
 そういう意味では、私が紹介した「幸せな人生」は誰もが目標とできるものだと思います。そして、その目標の達成には幸福感が伴います。人生を終える時、「幸せを充分に実感できた人生だった」と言えるのではないでしょうか。


    「幸せについて」目次

幸福論のページ

幸せのホームページ