『般若心経入門』(松原泰道)より、
よく「煩悩(私たちの心身をかきみだす精神作用の総称)をなくす」とか、「迷いをとる」と、いとも簡単にいいますが、生きている限りそれらはなくなるものではありません。人間は生きている限り、悩みや迷いはなくならないのでしょう。よりよく生きようとしている人は、なおさらのことでしょう。
修業といい、信心といっても、外科手術のように煩悩を摘出してしまうのではありません。煩悩や迷いを調整することです。
さとりとは、煩悩や迷いがなくなった状態ではなく、それらが、静められ、制せられてバランスの取れた状態のことです。
悩みや迷いが「あってもいい」「あるのが当たり前」と考えれば、少しは落ちついて取り組むことができるのではないでしょうか。
また、悩みや迷いを完全になくすような特別なもの(行為・人・物・教義など)を求めるのもやめたほうが良さそうです。そんなものはないのですから。だまされないように。
悩みや迷いがあってもあまり苦しまないように“よく考える”ことができればいいのではないでしょうか。
そのために、金・地位・成功・快感などの欲にとらわれていないかと自問する、間違った“思い込み”にとらわれずに考え直すなど、幸せになる考え方を心がけることができるといいでしょう。
悩みや問題を抱えた時の幸せになる考え方や迷った時の幸せになる考え方も役に立つのではないかと思います。
悩みや迷いがあっても、混乱して大きな過ちをおかすようなことなく、そんなにうまくはいかなくてもなんとか乗り越えていければいいのではないでしょうか。
その上で、悩みや問題があっても(それなりに)幸せに暮らせるようになれたら、なおいいのでしょう。
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『般若心経入門』松原泰道 |