『快癒力』(篠原佳年)より
だれだって病気になんかなりたくない。だったらあまり過度に、「なりたくない、なりたくない」と思わないことです。「気にしない、気にしない」は「気にしてる、気にしてる」と変わらない、「忘れよう、忘れよう」は「覚えてる、覚えてる」と変わらないということなのでしょう。
一生懸命考えることは、いかにそれが否定形であっても、ひたすらそれを念じているのと、少しも変わるところがないからです。
病気を気にしない、健康を気にしない――これが人生を楽しく生きるコツです。
「××したくない」は「××したい」と同じようなものなのかもしれません。
確かに、病気を気にしていない時、健康を気にしていない時が、いちばん健康なのでしょう。
また、病気を恐れたり、健康に気を遣いすぎてしまうことが、健康によくないのかもしれません。
でも、健康はとても大切であり、人間がもつ最大の幸せの一つだと思います。
健康をおろそかにして不用意に病気やケガをしてしまうのは、自分のためによくないでしょう。
ある程度健康に気を遣った生活を心がけたほうがいいのではないでしょうか。
病気や不幸になったことを「自己を成長させるチャンス」と考え、何かを学び、今後の生活に活かすことが大事でしょう。
同じ病気や不幸にならないように、悪い習慣をやめるようにし、よい習慣を身につけることができたらいいでしょう。
習慣を身につけるためには、はじめは意識してやらなくはなりません。でも、それを続けていけば、無意識にできるようになり、習慣となります。
健康によい(食生活/休養/運動などの)習慣、不幸にならない習慣、幸せになれる習慣を身につければ、病気や健康や不幸を意識せずに生活できるようになるでしょう。
また、「気にしない」「忘れよう」と思うよりも、「楽しもう」と考えたほうが(気にしない/忘れる)効果があるでしょう。
それで実際に少しでも楽しむことができれば、それは心身の健康にもいいし、幸せに暮らすことにもつながるでしょう。
病気や不幸を機に、生活を楽しむ習慣を身につけるように心がけるようになれたらいいのではないでしょうか。
また時には、何か(当たり前のこと)ができる喜び、自分のまわりにいてくれる人のありがたさ、健康である幸せ、平穏無事であることの幸せなどを感じられるといいでしょう。
病気や不幸で苦しんだ経験がある人には、そういう幸せを感じられるようになる、という特典が与えられたのではないかと思ったりもします。
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◇「病気になった時の考え方」 |