『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)より
この幸福な人たちは、相手に対して防御的に構えたところがみごとなほどない。人と争うのは、感情的になって、ついしてしまうのでしょうが、その背景には、人に負けたくない/勝ちたい、優越感を感じたい、自分を正当化したい、目立ちたい、自分を良く見せたいというような隠れた思いが、心の中にあるからではないでしょうか。
彼らの態度は飾らず、さり気なく自然である。大事でも小事でも、それを特に問題化しようという気にならない。口角泡を飛ばすような論争をしないし、カッカして、相手をやり込めるような議論の仕方はしない。淡々と自分の意見を述べ、相手の意見に耳を傾けるだけである。
彼らは無益な争いは決してしない。
争いは無益なことが多いでしょう。
『竜馬は議論しない。議論などは、
よほど重大なときでないかぎりしてはならぬといいきかせている。
もし議論に勝ったとせよ、相手の名誉をうばうだけのことである。通常、
人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生きものだし、
負けたあと持つのは負けた恨みだけである』 坂本竜馬
そもそも、人と争うと、それだけイヤな気もちで過ごすことになってしまいます。
さらに、争いのために自分の時間や力を浪費し、そのためにやれないことができてしまいます。
人と争うよりも、自分が幸せになるために時間とパワーを使えたほうがいいのではないでしょうか。
問題解決の第一の方法は、「できるだけ問題化しない」ことだと思います。
「自分には自分の考え(やり方/生き方など)がある」「この人にはこの人の□□がある」「違っていていい」のように考えられるようになれたらいいでしょう。
人と争うのは、人を尊重する心が足りないのかもしれません。
その前に、自分を尊重する心が足りないから、自分を主張せずにいられないのかもしれません。
人と争わない心は、自尊心と思いやりから生まれるような気がします。
さらに、無益なことをするよりも、自分が幸せになれることを考え・実践したほうがいい、という気もちがあるといいのではないでしょうか。
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『自分のための人生』 (ウエイン・W・ダイアー) |